黒木泰志さん

2018-07-15

今回は、声楽や楽器ではなく、東京芸術大学にある「楽理科」と「音楽環境創造科」を取り上げます。インタビューにご協力いただいたのは、東京芸術大学で楽理科(注1)・大学院では音楽環境創造科を専攻し、現在はメディア関係の会社に勤めながらガムランの音楽活動にも精力的に取り組まれている黒木さんです。

どうして楽理科を受験されたのでしょうか?

中学生の時に、受験する大学を決めなさいと学校で言われたんです。それで、自分は大学で何をしたいか考えました。経済学や商業、理系の研究がしたいわけではないし...その時に一番興味があったのは音楽でした。もともと、小、中学校で吹奏楽部に入っていたり、ピアノを習っていたりと、音楽には触れていたので、音楽を研究できる大学、音大に行こうと思いました。ただ、音大に行くにしても、楽器をとことん極めていたわけではなかったので、最初は作曲科の受験を考えていました。でも詳しく調べてみると、東京芸術大学に「楽理科」があることを知りました。芸大の楽理科を受験しようと決めたのが、中学3年生の時です。

受験を決めてから、どのような準備をされましたか?

情報はホームページくらいしかなかったので、当時習っていたピアノの先生に相談したのですが、楽理科のことなどわかるはずもなく...でも、ピアノの先生のさらに先生が東京の音大出身でソルフェージュ(注2)も教えられている方だったので、その方のもとで高校3年間、ソルフェージュのレッスンを受ける事になりました。また、その先生が和声の先生を紹介してくださり、高校3年生から和声の勉強をはじめました。

楽理科の試験内容について教えてください。

受験した当時は、センター試験が3科目と、それとは別に国語と英語の試験、ソルフェージュ、和声(注3)、副科ピアノ、そして小論文があります。小論文は、テーマが指定されて、2時間以内に原稿用紙2枚分くらいで書きます。高校3年生にとっては結構難しいと思います。音楽の知識よりも、文章の構成力を求められました。問われることはもちろん音楽のことですが、そのことに対して、自分の言葉で書くことが重要視されていると思います。

小論文の試験にむけて、特別な準備はされましたか?

小論文の受験にあたり、西洋音楽史や東洋音楽史といった専門的な知識は特に要りません。自分の、今まで積み上げてきた音楽の知識でまかなえると思います。ですがほとんどの人たちは小論文の先生に習っていたそうです。同級生では、楽理科を卒業されている先生か、現役の修士または博士の先輩に習う人が多かったです。大学受験にあたり知識の偏りが無くなるので、できるだけ習った方がいいです。楽理科がどんなことをしているのかなどの内部事情は卒業生にしかわからないので、その部分を知れることは強みです。楽理科の小論文を習おうと思ったら、先生はほぼ首都圏にしかいません。地方の受験生にとってはそこがハードルになりますが、自分の、今まで積み上げてきた音楽の知識で受験小論文は十分にまかなえると思います。

小論文は学校の勉強をしていれば大丈夫と言いましたが、ソルフェージュや副科ピアノ、和声は先生に習う必要があると思います。「音楽学」を専攻したいと思った時、受験内容に和声の試験があることが楽理科のハードルをあげています。学校の勉強もできて、ピアノもバリバリ弾けて、という人が、和声ができないために楽理科を受けられない、ということもあります。これらのことは前もって準備をしないといけません。人によっては1年もかからないと思いますが、十分にやろうと思ったら3年は準備期間が必要だと思います。

その後、楽理科に入ってみてどうでしたか?

周りが音楽をやっている人達、という環境は楽しかったです。楽理科は、実は興味関心がみんなバラバラです。はじめはみんな、クラシック音楽が好きなつもりで入ってきます。僕もそうだったのですが、それまでは「音楽=クラシック」という人が大半です。でも大学に入ってからいろいろな音楽に触れる機会があって、そこからどんどん枝分かれしていきます。それが面白いです。

授業内容はどんな感じなのでしょうか?

授業は、割と文系なことをひたすら叩きこまれる感じです。英語の学術書を読む授業や、文献を読んで、実際に調べて演習をする、といった授業を2年間みっちりやって、音楽史を勉強します。音楽史は6分野あって、それを2年間かけて学ぶカリキュラムです。3年生から専門が分かれていきます。僕は、音楽美学(注4)と、近代の日本音楽と、ポピュラー音楽の授業を選択しました。そうして音楽をリサーチして、発表、という作業を続けながら卒論のテーマを決めていき、4年生から卒論を書き始めます。

黒木さんはどのような卒論を書かれたのですか?

僕は、ポピュラー音楽について卒論を書きました。だいたいみんな西洋音楽か民族音楽か日本音楽について卒論を書くことが多いので、これはレアな方なんです。僕はちょっと特殊で、音楽CDの隠しトラックについて卒論を書きました。題材は全てBUMP OF CHICKENです。CDを全て揃えて、隠しトラックの時間やトラック数を全て調べて、そこにどういうメディア的価値があるのかを探っていった論文です。さすがに楽理科ではポピュラー音楽を専門としている先生がいらっしゃらなかったので、音環(注5)のポピュラー音楽の先生のところへ通って、相談などさせていただきました。そのご縁もあって、大学院では音環へ進学しました。

では、大学院ではより専門的にポピュラー音楽について研究をされた、ということですか?

実は...研究そっちのけで、ずっとガムランをするようになってしまったんです。ガムランは東南アジアの民族音楽なのですが、芸大にはそのサークルがあります。芸大のホームページやパンフレットの楽理科のページにはガムランの写真が使われているので、楽理科では絶対にガムランをやるんだと思っていました。でも必修じゃなかったんです。入学式の後にガムランサークルが野外で演奏しているのを見たのが最初の出会いで、その時は変なのやってるな、くらいの印象だったのですが、サークルの見学に行って、気がついたらズルズルと続けていました。学部の3年生頃から学外のサークルによく行くようになったのですが、大学院に入ってからは週5、多いと週6、7で通うようになってしまって...その関係で、本場のインドネシアにも行きました。研究やってないなーとは思いつつ。その後は就職活動に苦しめられ、ようやく内定を得た後は、またガムランに入り浸って...といった生活でした(笑)。ちなみに修論は、音楽CDの特典について書きました。結構面白かったですよ。

楽理科の方の就職活動事情について教えてください。

音楽関係の就職先を探す人もいれば、そうでない人もいます。はじめから就職活動をしないで、アーティストや研究者として生きていく人もいます。音大全般にいえることですが、就職をどうするかはみんな考えると思います。楽理科が一番、説明に困る科です。演奏系ならすでにイメージがありますが、楽理科は学科の説明ですごく時間がかかりますし、学科の説明を一通りした後は「じゃあなんでうちを受けたんですか?」と絶対聞かれます。良いじゃん別に!と思うんですけど(笑)。でもそれは必ず聞かれる質問なので、その答えを用意していないといけません。それまでなんとなく音大に通っていた人達は、そこでやっぱり壁にぶつかります。自分のやりたいことは音楽なんだけど、自分がこれからやっていかなきゃいけないことは音楽じゃない。そのことに対して何かしら理由をつけてやっていかないといけない、というところで葛藤が生まれると思います。これは楽理科にかぎったことではないですね。だから頭の切り替えをして、就職活動はしていかないといけません。

僕はレコード会社系を何社か受けましたがだめでした。結局、メディア方面にも興味があったので、メディア方面で携われるところを探して、現在の会社に勤めました。

黒木さんは現在、会社勤めと並行して、ガムランの活動も継続されていますね。

学生の頃から、芸大のサークルとは別で、ガムランをしている外部の団体に加入していて、社会人になった後も続けています。2つの団体に入っているので、土日を使ってそのグループの活動に参加している、といった感じです。その団体は、各学校の芸術鑑賞会への斡旋を行っているところに登録しているので、それで中学校などに呼ばれて演奏しにいったり、先日は宮崎県にも行きました。時間がある時には芸大のサークルにもお邪魔して、ご一緒させてもらっています。働きながらの活動は大変ですけどね。ガムランはコミュニケーションが大切な音楽なので、自宅で一人でやるのはあまり意味が無いんです。全員役割が違って、一つの楽器を極めるのではなく、全ての楽器ができないといけないので、いろいろな楽器をやって、周りの人との理解を深める音楽です。

音大で学んだことが、現在の会社で生かされることはありますか?

普通の会社に入っても、音大に入っていて役に立ったことはあります。音に対する知識が一般の人って意外にないんです。芸大にいた頃は、自分達では当たり前だと思っていたので特に気がつかなかったのですが。社会人になって音大生以外の方々と関わるようになって、音周りのノウハウの無さを感じます。そういうノウハウって、実は一般の人って持っていないんだなと思いました。音周りの知識は後々役に立つので、一生懸命やっていた方がいいですよ。大学にかぎらず、今まで一生懸命やってきたことは、何かしら役に立つと思います。特に音大周りでいうと、音関係は一生懸命やってきているから、絶対役に立ちます。

最後に、どんな人が楽理科におすすめか教えてください。

楽理科はレッスンが無いので、芸大の中で一番時間に縛られない科だと思います。3、4年生は特に好き放題できます。「音楽関係でやりたいことが沢山あって一つに絞れない」という人は、楽理科にくるのはいいかもしれません。見識は絶対に広がります。

それから、楽理科に入ってくる人には、楽器がメインの人とそうでない人がいます。楽器がメインの人、たとえばピアノがすごく弾ける人などは、伴奏の依頼を沢山引き受けますし、コンサートにもバンバン出ます。コレペティトア(注6)になる人もいますね。楽理科は研究という、ピアノ科じゃないからこそできることがあるので、そこに魅力を感じる人が入ってくるのかもしれません。

他にも、ステージマネジメントの方向や、オペラの制作をやりたい人なども楽理科にはいます。

とりあえず、フラフラしているなら楽理科に来たほうがいいです。似たような科で音環という選択肢もありますが、音環は半年でプロジェクト、自分の専門を決めなければいけないカリキュラムに対し、楽理科は2年間の猶予があるので。楽理科は楽しいですよ。

注釈
注1「楽理科」
東京芸術大学音楽学部にある専攻のひとつ。音楽研究の学である音楽学(西洋音楽史、日本・東洋音楽史、音楽民族学、音楽美学など)を研究・教授し、将来、音楽の学問的研究およびそれに関連した仕事にたずさわる人材の養成を目的としている。
注2「ソルフェージュ」
西洋音楽の学習において、楽譜を読むことを中心とした基礎訓練のこと。
注3「和声」
西洋音楽の音楽理論の用語で、和音の進行、声部の導き方(声部連結)および配置の組み合わせを指す概念のこと。
注4「音楽美学」
音楽に関する美学であり、音楽的な美を研究するもの。「音楽とは何か」に始まり、音楽の特徴、感情とのかかわり、音楽の形式、作曲・演奏、音楽の理解などについて、その美的な面を中心に幅広い考察がなされている。
注5「音環」
音楽環境創造科の略。東京芸術大学音楽学部にある専攻のひとつ。21世紀の新たな音楽芸術と、それにふさわしい音楽環境・文化環境の発展と創造に資する人材育成を目指している。
注6「コレペティトア」
歌劇場などでオペラ歌手やバレエダンサーに音楽稽古をつけるピアニストのこと。
*カリキュラムや入試に関する内容は、当時の内容となっております。具体的な試験内容など、公式の受験要項を必ずご確認いただきますよう、お願いいたします。
黒木 泰志(くろき たいし)

鹿児島県出身。東京藝術大学音楽学部楽理科を経て、同大学大学院音楽研究科音楽文化学芸術環境創造にて修士号を取得。在学中よりインドネシアの民族音楽ガムランに興味をもち、クラトン・スロカルト(スロカルト王家)ガムラン楽団楽長サプトノ氏に師事。都内のジャワガムラングループカルティカ、ランバンサリに所属し、都内を中心に活動している。

最大級のオンライン音大受験スクール

受験準備は、スマホ1つで始められる。

「あこがれの音大受験の準備をしたいけど、一体いつから何を始めればいいんだろう…」と困っていませんか? フォニム スタディは、国内最大級のオンライン音楽教室がお届けする、予備校通学なしでスマホから音大受験対策がはじめられる講座です。 圧倒的にわかりやすい映像授業だけでなく、トップ音大卒・在籍のコーチが、心強いアドバイスや勉強計画であなたの受験準備をサポートします。