梁川笑里さん

2018-06-17

今回は、現在「芸大フィルハーモニア管弦楽団」と「オーケストラジャパン」に所属し、プロのホルン奏者として活躍されている梁川さんに、受験のことや卒業後のことについてお話をうかがいました。

ホルンをはじめたきっかけを教えてください。

ホルンをはじめたのは小学3年生の時です。小学校にオーケストラがあったので、そこでホルンを選びました。実は、オーケストラのメンバー募集がかかる以前に、地元で行われていたイベントで木管五重奏を見る機会があったんです。そこでホルンを担当していた人が綺麗なお姉さんで、すごく印象に残っていました。楽器の形もかわいいし。だから小学校のオーケストラでは、周りのみんながトランペットやフルートを希望する中、「みんなが知らない楽器をやりたい!」と思い、それ以来ずっとホルンを演奏しています。

いつ頃から専門的な勉強をはじめましたか?

地元にジュニアオーケストラがあったので、そこに小学5年生から所属して演奏していました。そのジュニアオケの卒業生の中に、芸大へトロンボーンで進学した先輩がいたんです。その先輩は、中学2、3年生の時くらいから楽器を先生に専門的に習い始めたそうなのですが、その情報をオケの指揮の先生が私に教えてくださいました。そのうえで、「もし音楽を続ける気があるなら、音大を受験することを目標に習ってみますか?」と提案してくださったんです。

自分的にはそこまでの気持ちはなかったのですが、確かに一番やりこんでいたものはホルンでした。とにかくホルンがすごく好きで、ひたすら練習をしていました。先生にも休み時間のたびに曲をみせにいって合格点をもらって...という日々でしたね。今でもあの時が一番練習していたような気がします。練習しなきゃというよりは、好きだから楽器を吹いていたい、という気持ちが大きかったです。

そうして知り合いづてで、元N響に在籍されていた山本真先生に習うことができました。中学2年生の時だったと思います。最初からその先生に習えたことは幸せでした。

高校は、東京芸術大学の附属高校、通称「芸高」へ進学されたんですね。

山本先生に、音楽のこと、クラシックのことを知らなすぎると指摘されたんです。「ホルンを勉強するためでなく、モーツァルトやベートーヴェンのことを学ぶために芸高へ行きなさい。周りが自然とそういう話をしているから。」と教えてくださいました。私はそれまで、芸高の存在すら知りませんでした。

芸高への進学は、両親には反対されました。高校生の時点で将来の選択の幅を狭めなくてもいいのではないか、と。でもなんとなくやってみたい気持ちがあったんです。先生から芸高のお話を聞いているうちに、行ってみたいな、楽しそうだなと思うようになりました。そして芸高の定期演奏会を初めて聴きに行って、衝撃を受けたんです。みんな上手だし、何より楽しそうでした。この時をきっかけに、絶対に芸高に入りたいと思いました。

最終的には、両親も芸高受験を認めてくれました。だめだったらあきらめるでしょ、みたいな感じでしたけど(笑)。芸高の受験は一般の高校より試験日が早いので、落ちたら普通科を受ける事もできましたし。

周りがしている受験勉強とは違う勉強をしなければいけないというのは、どうでしたか?

あまり覚えていないのですが、両親からは、「ホルンをもう吹きたくない」と私は言っていたこともあるそうです。みんなは勉強をしているのに、私は楽器を吹く、というのが、どうしていいのかわからなかったのかも。みんなと一緒に勉強したい、という逃げの時期もあったんだと思います。

芸高の試験内容は、専攻楽器の演奏のみですか?

いえ、ソルフェージュ(注1)もあります。特に聴音(注2)の試験に関しては、おそらく芸大よりも難しいといわれています。ソルフェージュは全く勉強したことがなく、特に絶望的に聴音ができませんでした(笑)。なので受験の1年前に、ホルンの先生から茂木眞理子先生というソルフェージュの先生をご紹介していただき、みっちり勉強しました。先生のスパルタご指導のおかげで合格できたのだと思います。でも1年しか勉強していないので、それほどできたわけでもないのですが。

芸高試験を終えた後の感想は?

一次試験でだめだと思いました。今はないのですが、ピアノで弾かれた音をホルンで出すという試験で、全問はずしてしまったんです。ホルンは移調楽器(注3)なので、パニックになってしまって。全部最初の音をはずして、慌てて正しい音を後から吹いていたら、試験官に「ちゃんと頭から吹いてください。」と言われるほどでした。もうだめだ、落ちたと思いました。その後のエチュード(注4)の試験も頭が真っ白になってしまって。運良く通りましたが...二次試験は比較的落ち着いていたと思います。

試験官にそんなことを言われたら、確かに落ちたと思ってしまいますね。

ただ、最近は私もさまざまな場面で試験官をさせていただいているのですが、コンクールやオーディションとは違って、入学試験というのは、音の質や伸び代をみているので、ミスの数を数えたりはしていないと感じます。受験する側はどうしても「この音はずした」とか「ここがズレちゃった」などのミスを数えてしまいますが、試験で大事なのは、音色の良さと音楽的感性です。緊張しているのはみんな同じなので、その中で自分のやりたいことをちゃんと出せているかどうかをみています。だから、細かいミスは気にしなくてよかったんだなと今なら思います。試験官になってはじめて気づきました。ミスをしまくるのはダメだと思いますけど(笑)。

芸高合格後、ご両親の反応はどうでしたか?

私の芸高進学を機に、父がクラシックにハマりました(笑)。でも金銭的な問題で、私立の音大には行かせられないと親にはあらかじめ言われていたので、その後の音大の選択肢は国立の芸大しかありませんでした。さらに、1回だけしかチャレンジさせられないと言われました。今思えば、発破をかけるといいますか、きっと「背水の陣」作戦だったと思いますが、でもそのおかげで、迷わずに芸大受験に挑むことができました。

そうして挑んだ芸大受験、どうでしたか?

周りがみんな上手に聞こえました。それは先生にもあらかじめ言われていることでした。「自分の前に演奏している人は絶対上手く聞こえる。そういう時は、不安を取り除くために練習したくなってしまう。だから控室で演奏しすぎないように。」と。吹きすぎると、口の周りの筋肉が疲れてしまって、高い音や、小さな音が出せなくなってしまうんです。私の性格を考慮してのアドバイスでした。実際周りはすごく吹いてましたね。でも沢山吹いている人は、本番で疲れてしまっている印象があります。全く吹かないのもよくないですが。自分のやるべきことだけちゃんとやればいいんです。そのアドバイスを思い出して、控室では楽器を置いて、息づかいの練習を沢山しました。緊張すると呼吸が浅くなってしまい、身体に息が入らなくなってしまうので、深く吸えるように、ひたすら腹式呼吸の練習をしていました。周りから見たら変な人だったと思います。でも一次試験は個人的には失敗したと思っています。自分が一番得意なエチュードが指定されたがゆえに、やったーと気を抜いてしまって、得意だと思っていたことがうまくできなくて動揺してしまいました。

芸大生活はどうでしたか?

結構苦労しました。みんなは入学した瞬間にアンサンブル演奏のための人脈を作り始めたのですが、その行動の早さに驚いてしまいました。芸高時代は同じ楽器、ホルンの人がいなかったので、みんなが吹奏楽で競っている中、私はまるで温室育ちのように過ごしていたんだと思います。カルチャーショックでした。それにみんな上手ですし。自分がすごく下手に感じました。

それで入学当初は調子も崩したりして、迷走してしまいました。顎関節症になってしまって...練習しすぎてしまったんです。トランペットやホルンは、マウスピースが小さくて口にかかる負荷が大きい楽器です。長時間練習できないという点で、歌と近いと思っています。本番や試験にむけて練習量をどうやって調整したらいいのかわからなかったので、1週間の表を書いてみたこともあります。初日に5時間練習するとしたら、次の日は4時間、その次の日は3時間、といった感じで、徐々に練習時間を減らしていくんです。高校生の頃は、練習時間が多ければ多いほどいいと思っていました。短くてもいいから効率のいい練習をするべきなのに。量だけ多く、ダラダラやっていました。練習の質をあげることを、今も心がけています。

あとは、1年生の時は、ただただ先輩が怖かったです。決して先輩方は怖くしていたわけではないのですが、勝手に萎縮してしまいました。朝の7時に大学にいって、9時くらいまでに自分の練習を終わらせて、先輩達に会わないようにして帰るという日々を送っていました。ホルン部屋という場所があって、そこでみんな練習をするのですが、それまでずっと一人でホルンを演奏していたので、複数人で同じ部屋で吹くということに慣れていなかったんです。周りの音が気になってしまって。芸大に他にも練習室があることを知ってからは、そこへ移動して一人で練習していました。

なかなか大変な大学生活だったんですね。

はい。でも当然、よかったこともあります。1年生の終わりにホルン科全員でのアンサンブル定期演奏会があり、そこでアンサンブルの魅力を知りました。一人で練習してるだけでは身につくことができない音程感やリズム感は、どれも刺激的で、怒られたりしながらも曲が出来上がっていく過程が楽しくて仕方がなかったです。「わからないことは聞けばいい」という単純なことが、萎縮していた時期はなかなかできなかったのですが、たくさん聞き、時間をみつけては先輩と合わせていただく、ということができるようになりました。そのどれもが今、仕事に繋がるものばかりです。それからはホルン部屋で練習することも大丈夫になりました(笑)。

卒業後について、教えてください。

卒業後は2年間、富山にある「桐朋オーケストラアカデミー」というところへ通っていました。オーケストラに所属するための勉強をするところで、研修課程というコースに合格すれば、学費や寮費がかからないんです。先輩が入っていたので存在を知りました。月に1度演奏会があり、その1週間はリハーサルがあるので、その時だけ富山に行く、という生活を送っていました。

富山での2年間は、大学で目まぐるしく過ごしてしまった時間を取り戻せた期間でした。実は、大学3、4年生の時は、自分の練習時間というものがあまり取れていなかったんです。木管五重奏や金管五重奏をはじめとする沢山の室内楽の合わせや、レッスンに伴奏合わせなど...ほぼ自分の練習はできていませんでした。

でも富山の大自然と膨大な時間の中では、楽器を吹くしかなかった。合わせではなく、自分のために吹く時間。周りのホルンの方もとても上手で、刺激を受けました。芸大生はあまりいなくて、他の音大の方と知り合えたのもよかったです。高校からずっと上野にいたので、そこから飛び出すことができました。オーケストラアカデミーは最大3年までいられるので、3年目も通おうとしていた時、ちょうど芸大フィルハーモニアのオーディションがあり、そちらに入団することが決まりました。同じ時期に、オーケストラジャパンという、ディズニー・オン・クラシックなどの演奏をメインに活動されているオーケストラのオーディションも合格していたので、芸フィルに相談して、かけもちの許可をいただくことができました。

卒業後は芸大の大学院も検討しましたが、私が院生になる時はちょうどホルンの教授の先生が決まっていない時期で、誰に師事するかもわからないのに受験をするというのは、モチベーションがあがりませんでした。

留学も検討しましたが、師事したい先生を見つけられませんでした。未だに留学をしたい気持ちはありますが、結婚をしてしまったので...私、あまり後先を考えていないのかも。その時その時で魅力的なもの選択しています。富山に行こうと決めたのも、決定打は魚が美味しいということでした(笑)。

決定打が意外すぎます(笑)。

(笑)。私はいつも、良い先生方に導いていただいているのかもしれません。富山のオーケストラアカデミーの先生は、小澤塾(注5)でもご指導をされている方で、私は小澤塾でお会いした時から、すでに先生のお人柄に惹かれていました。小学校の先生にホルンをやりたいと言った時は、ホルンは難しい楽器だから頭がよくないとできないんだよと言われて、逆に「やってやる!!」と思ったり。負けず嫌いなんですよね。「君は音楽の心がない。」と山本先生から言われた時も、「そうなの!?じゃあもうちょっと頑張らなきゃ!」と奮起したり...そうやって先生が上手に誘導してくれた気がします。

最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

クラシックとか、楽器を演奏するということが、もっと身近になればいいのにと思っています。以前テレビで「クラシックを聴くときの服装はこうでなきゃだめ!」みたいな特集をやっていて、確かに非現実的な時間を求めてドレスアップすることももちろん素敵ですが、もっと気軽に来ていただいても誰も怒らないのにな、と思っています。もともとのクラシックファンからすれば、ジーパンでくるなんて!と思う人はいるのかもしれないですが...演奏する側からすれば、沢山のお客様に楽しんでいただきたいので、もっと気楽に来てほしいです。最初の足がかりとして、自分が楽器をはじめてみれば、演奏を聴きに行きたいと思えるんじゃないかな。なんかやってみたいな、と思った時に、気軽に始めてほしいです。聴きに来てくれる人を増やさないと、日本のクラシック界は衰退してしまいます。たとえばディズニーオンクラシックはいつも満席になりますが、通常のクラシックの演奏会だとこうはいきません。寂しいなと思います。毎回満席にしたい。楽器を身近に感じてくれる人が増えたら嬉しいなと思います。

〜梁川 笑里(やながわ えり)〜

東京都出身。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学卒業。桐朋オーケストラアカデミー研修課程修了。ホルンを山本真、守山光三、西條貴人、日高剛、伴野涼介、阿部雅人の各氏に師事。現在、芸大フィルハーモニア管弦楽団、オーケストラジャパンに所属。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校非常勤講師。千葉音楽教室ホルン講師。

*カリキュラムや入試に関する内容は、当時の内容となっております。具体的な試験内容など、公式の受験要項を必ずご確認いただきますよう、お願いいたします。

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