湯川紘恵さん

2018-10-19

今回ご協力いただきましたのは、現在、東京藝術大学の大学院で指揮を専攻されている、湯川紘恵さん。

あまり知られていない指揮科のことについて、いろいろとお話を伺いました。

指揮科を受験しようと思ったきっかけを教えてください。

指揮科を受けようと思ったのは高校2年生の終わりごろです。もともとは中学受験をして、中高一貫校の普通科に通っていました。普通に勉強して、女子大生になって、就職するのだと思っていました。ただ、私はその学校のオーケストラ部に中学生の時から所属していて、高校生の時に指揮をさせてもらう機会があったんです。その時に、指揮って楽しいなと思いました。そして高校2年生の終わりに、東日本大震災が起きました。震災当時は東京に住んでいたのですが、転勤族だったので、以前岩手に住んでいたことがあったんです。知っている民宿が無くなってしまった光景をはじめ、いろいろなものを見た17歳の私は、もしかして最後の最後で人の役に立つのは音楽かもしれないと思いました。音楽に生きたいと思ったんです。それで、単純なので指揮科に行きたい、指揮科に行く!となりました。

東京芸術大学を受験されたのはなぜですか?

そもそも指揮科がある大学が少ないというのと、私立は経済的に難しかったからです。両親に迷惑をかけてしまうので、国立である東京芸術大学を目指しました。私は芸大を2浪しているのですが、2回目の受験で芸大に落ちた時に、親が「2浪したら、将来就職するとなった時に影響が出るかもしれない。どこでもいいから大学には入りなさい。」と言ってくれて、私立の音大にもピアノ科で1年だけ通わせてもらいました。でもやっぱり...と思い、芸大をもう1度受験しました。

たしかに、指揮科の受験は高校2年生からでは間に合わないように思います。

全然間に合わないです!高校3年生で和声(注1)の先生のところへ行ったのですが、先生からは「指揮科に合格するためには3年かかります。僕のところに来る多くの子は、中学生の時から来ます。」と言われ、まじですか!と思いました。先生はロシアで指揮も修行された方で、その経験から考えても、指揮科の受験準備には総合的に3年かかる人が多い、ということでした。中学の時から指揮科を受験する準備をするってすごいですよね。でも先生の言うとおり、たしかに私も3年かかりました(笑)。

では指揮科には、若い方が多いのでしょうか?

芸大の指揮科を受ける人の年齢層は幅広いです。たとえば去年は、洗足音大のサックス科を卒業してから入ってきた人がいます。現役で入ってくる人は、やはり早い段階で指揮科を意識している人が多いかもしれません。京都の堀川音高の指揮科から来る人などもいますね。

湯川さんはどうやって指揮を勉強されたんですか?

これが一番大変で、とにかく先生を探すのに苦労しました。いろんな人に泣きつきました。通っていたソルフェージュ(注2)の教室で、どうしても指揮がやりたい、指揮科に入りたいと泣きながら訴えた結果、いろいろな人の繋がりを経て、先生を紹介していただけました。

最初は技術的なこと、振り方による聞こえ方の違いなどを学びます。その後は、自分がどういうふうに音楽を作るか、そのためにはどう振ったらいいかを自分で考え、指導していただきます。どうフレーズをもっていくか、どうやって歌いたいかなど、演奏系の人と似ているとは思いますが、音が出ないという点が、なかなかイメージしづらいと思います。

通われていたソルフェージュ教室についても詳しく教えてください。

教育実習生の方の中に音楽の先生がいらっしゃったので、相談したところ、ゆかり文化幼稚園の成城ソルフェージュ研究会というところを教えてもらいました。そこでソルフェージュを習い始めましたが、入試前には勉強量が足りないと思い、個別にそこの先生に頼んで、個人レッスンもしてもらいました。販売されている聴音課題も、1回聞いただけでは覚えていないので、自分でパソコンで打ち込んで音源を作って、それをストックして毎日聞いて解いたりなどしました。他には、洗足オンラインという洗足音大が提供してくれている聴音課題があるので、それを毎日解いていました。これは大学院入試の時にも活用しました。

指揮科の入試について教えてください。

入試だと、指揮実技と専門の楽器...これはピアノでもなんでもいいです。それから聴音、新曲試唱、リズム課題、和声、楽典(注3)、副科ピアノ...こちらは専門の楽器の試験をピアノで受けた人でも受けないといけません。そしてスコアリーディングと面接があります。

スコアリーディングというのは、オーケストラスコアが置いてあって、予見した後にそれをピアノで弾く試験です。ものすごく難しいわけではなく、頑張れば全ての音が弾ける程度の曲が出題されるので、弾けていない音があると、面接で指摘されたりします。何の曲だったか聞かれることもあります。私が受かった年は、モーツァルトのリンツの第二楽章でした。緊張しているので、何の曲かなかなか思い出せなかったりもします。聴音などのソルフェージュの試験も、他科より難易度が高いです。結構難しいと思います。聴音の試験は、今は二つしか課題が無いのですが、昔は木管四重奏などの課題があって、目の前で木管を吹いてくださった時期もあったそうです。今は全てピアノで演奏されるので、難易度は高くなりました。管楽器の方が楽器の音で判断ができるので。拍子も難しくて、8分の12拍子だった年もあったそうです。それでテンポがゆっくりだったりすると、もうわかりません!本当に難しいです。極端に短い、6小節で終わる問題が出された年などもあったそうです。

受験期間はどうでしたか?

受験期間はつらかったです。特に1浪目は宅浪だったので、自宅でひしひしといろいろ考えてしまいました。レッスンでしか外に行かないんです。私の場合は極端に人と会うことが減ってしまったので、女子大生として輝いている友人のSNSはまぶしくて見ることができませんでした。昼夜逆転もしたりして、本当につらかったです。でも2浪目の時は、私も大学に行っていましたし、すごくお世話になっていた先生が「そこでの人の縁も大切にしなさい。」と言ってくださったおかげで、毎日がすごく楽しかったです。みんなで演奏会に行ったり飲みに行ったりしつつ、自分の勉強もするという生活が上手にまわっていて、それこそがもう1度芸大を受験できた理由なのかなと思います。私立の音大時代の友人は今でも仲が良くて、みんなで遊んだり、演奏会があると来てくれたりします。その先生の言葉がなければ、こうはなっていなかったと思います。

そしてついに合格された湯川さんですが、芸大生活はどうでしたか?

楽しいです!すごく充実した楽しい4年間でした。同時に、常に周りの才能や努力、音楽性に触れるので、自分にはそれらがないことに気が付く4年間でもあって、そこはまあつらかったといえばつらかったですが...でもそれ以上に充実していました。悩んで苦しい時もありましたが、そういう仲間と出会えたことがよかったです。

指揮科のカリキュラムや、生活について教えてください。

特徴的なのは、必修のスコアリーディングの授業でしょうか。他の科は必修ではないと思います。あとは、指揮の実技や和声の授業、それから楽器の実技授業を2つ取らなければなりません。

指揮科は、他科との交流が一番多い科かもしれません。その中でも私は特に多かったと思います。学年でオーケストラをやるとなったら絶対に振りますし、文化祭で行われる声楽科の合唱の指揮を振るとなれば声楽科とも関わります。私は音環(注4)以外の同期なら、全科の人と話したことがあると思います。音環の人は校舎が離れているので、なかなか出会う機会がなかったです。

初歩的な質問なのですが、指揮の練習ってどのようなことをするのですか?

どういうバランスで聞こえるのがいいのかは絶対考えます。たとえば、同じメロディーを1stヴァイオリンと2ndヴァイオリンでオクターブで演奏する時に、どちらが大きめに聞こえた方が響きのバランスがいいかなどです。先人の音源を参考にしたり、自分でオーケストラを振らせていただけた時の経験を使って考えます。先人の音源は素晴らしいものは参考にしますが、最近は聞きすぎないようにもしています。コピーしているみたいな気分になるので。指揮は自分で音を出さないので、なおさらそういう気分になりやすいです。そのあたりをものすごく考えつつ、とはいえまだ経験もそんなに無いので、いろいろ悩みつつです。

指揮科に入ってよかったことはなんですか?

これは指揮科に限ったことではありませんが、芸フィル(注5)などのリハーサルを全て見学できるので、それはすごくいい環境だなと思います。しかも自由にアポ無しで見に行けるんです。たとえば2~3時間のリハーサルがあった時に、「1時間だけなら見にいける!」という時にも、スっと見に行くことができます。他のオーケストラだったらこういうことはなかなかできないと思います。

それから、入試の時から芸フィルの方々が弾いてくださることがすごいと思います。二次試験の指揮実技は弦楽合奏なので、芸フィルに所属されている先生方が、課題曲を自分の指揮に合わせて弾いてくださるんです。大学に入ってからも、一コマ75分で芸フィルの方とリハーサルをして、最後に1曲通すという試験をさせていただけるので、ものすごく豪華です。プロオケでこんなことができるのは芸大だけではないでしょうか。ありがたいと思うと同時に、死ぬほど緊張します(笑)。本当に恵まれていると思います。

逆に、指揮科に入ってつらかったことはなんですか?

指揮科に入って地味につらかったことは、誰とも生活時間が合わないことです。授業後に、「次も同じ授業だから、間の時間にみんなでご飯に行こうよ。」みたいなことがないんです。指揮科の学生というのは、だいたい一学年に一人か二人しかいなくて、私の代も、指揮科は私しかいませんでした。だから声楽科の人達が羨ましかったです。特に学部の1、2年生の時は、いいなーと思っていました。3、4年生にもなると、自分のペースで行動できるので楽だな、と思うようになりましたが。でも最初はとにかくビックリしました。こんなにも単独行動なのかと。

湯川さんは大学院に進学されましたが、大学院の試験は学部の試験と比べてどうでしたか?

学部の方が受験は大変でしたが、大学院の試験ではオーケストラの楽器を一つ演奏しないといけなかったので、それが結構大変でした。中学の時にオーケストラ部でチェロを弾いていたのでチェロを選択しましたが、試験官がプロのヴァイオリニストである澤学長だったので、なかなかすごい体験をさせてもらったなと思います(笑)。チェロは受験前に練習して、芸大の同期にみてもらいました。とてもありがたかったです。

今後の目標を教えてください。

大学院の2年間は、しっかり勉強しようと思います。学部時代は音楽以外のいろいろなこともやっていたんです。自分の学年でオーケストラを作って、その運営などをしたり...だから今度の2年間は、音楽だけをやりたいと思います。とか言って結局他のことにも手を出しそうですが(笑)。私はオペラやバレエなどのオケピで指揮を振りたいので、そういう人になれるよう勉強できたらと思っています。

最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

音楽は「音を楽しむ」と書くだけあって、楽しいことをしているはずです。もちろん苦しい時もありますが、音楽を専門にしたいと思っている人も、趣味でやっていきたいと思っている人も、「楽しいことをしている」ということを忘れずに、音楽と向き合えるといいですし、向き合える人が増えるといいなと思っています。



注釈
注1「和声」
西洋音楽の音楽理論の用語で、和音の進行、声部の導き方(声部連結)および配置の組み合わせを指す概念のこと。
注2「ソルフェージュ」
西洋音楽の学習において、楽譜を読むことを中心とした基礎訓練のこと。
注3「楽典」
音楽の基礎的な理論のこと。
注4「音環」
音楽環境創造科の略。東京芸術大学音楽学部にある専攻のひとつ。21世紀の新たな音楽芸術と、それにふさわしい音楽環境・文化環境の発展と創造に資する人材育成を目指している。
注5「芸フィル」
芸大フィルハーモニア管弦楽団の略。
*カリキュラムや入試に関する内容は、当時の内容となっております。具体的な試験内容など、公式の受験要項を必ずご確認いただきますよう、お願いいたします。
湯川 紘恵(ゆかわ ひろえ)

東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。同大学大学院音楽研究科指揮専攻在学中。これまでに指揮を高関健、山下一史、尾高忠明、田中良和の各氏に師事。山田和樹、ラスロ・ティハ二、ジョルト・ナジ各氏のマスタークラスを受講。2018年ヨルマ・パヌラ氏のマスタークラスを受講、修了演奏会に出演。学部在学中に東京藝術大学の学生による、美術と音楽のコラボレーションをコンセプトとしたオーケストラ《:Dオーケストラ》を設立(現 TOKYO ART ORCHESTRA)代表兼指揮者を務める。

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